未確認歩行物体
東方香霖堂などが好きなケダモノの住処
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お守りさまは蛙様で...05
ぺとり、と何かが顔に張り付いた。顔の上を動き回って、むずむずする。
触れてみると、ひんやりと冷たく、そして……動いている!
「うおわっ!?」
ぼやけた視界に、物体Xがジャンプしている光景が飛び込んできた。
眼鏡をかけてしばらく待つと、ようやくそれがカエルであることが認識できる。
「起こしてくれたのかい?どうもありがとう」
カエル相手に皮肉を言っても通じないことは承知している。最悪の寝覚めだ。

雨がやんでいた事に気がついたのは、目が覚めてからだった。
鬼の酒に付き合わされて酔いつぶれた――もとい、酔いつぶされた結果だ。
日帰りできることには期待していなかったが、このような形になるとは不覚だと思う。
酒が残っていないのは酒そのものが良かったからなのか、早々につぶれたからか。
「お、起きたね。鬼を前にして堂々と寝る度胸、気に入ったよ」
目の前に居る鬼は、迎え酒と称してさらに飲んで、けろりとしていた。
起きて早々信じられないものを見た気分だ。

「朝餉(あさげ)なんて気の利いたものは無いからね」
「おかまいなく」

お世辞にも快適な寝床とは言いがたい場所であったが、火が焚かれていたお陰で
寒さに凍えて目が覚める、というような事は無かった。
雨に濡れた荷物は一通り乾いていたし、寝てしまえば幾らか体力も戻る。
体調が整えば、周囲を見回して状況を整理する余裕もできるというものだ。
まったく、温泉めぐりなんてものはするものではないと感じる。

「そういや温泉に行きたいんだっけ?間欠泉ナントカって場所があるから、
 通りを抜けて、そこに行けばいいんじゃないかな。」
寝起きの体を捻ると、ボキボキと小気味の良い音が全身に響いた。
「それは良い事を聞いた。無事に温泉に入った後で上に戻れたら感謝しますよ」
「感謝よりも形が良いねえ。酒とかさ!」
苦笑いとも愛想笑いともつかない笑顔で返事をして、荷物を背負う。
僕はこの先にあるという、その間欠泉ナントカをを目指すことにした。

この土地においては人里とは勝手が随分違うものだから、案内板などという
気のきいたモノなど期待できようはずもないと思っていた。
だが歩いていくと地下の奥の方に大きな建物があり、あんがい開けている。
間欠泉というのだからお湯やら煙やらが出ていると思ったのだが
どうにもそういうことではないらしいようだ。
通りにいる黒猫がこちらをみて、鳴いたような気がした。
軽く不吉だなと思いながらも歩を進めると、やがて不思議な建物がみえてくる。
ここが間欠泉の建物なのだろうか?確かに暖かいし、人の手が入っているようだ。

「しかし、誰もいないとはどういう事だ?営業時間が終っているのだろうか…」
カエルも一緒に鳴いているが、声がむなしく響くだけだ。
微かに暖かい風が頬をなでるようにして外に吹いている。
その温度だけが、どこかに熱源があることを証明しているようだった。
この熱源を辿れば目当ての場所にたどり着けるという推測を立てた僕は
風の流れてくるらしき方向に歩いていく。見えるのは、中庭だ。

「どちらさま?」

フリップフロップ、と足音がするので振り返ると少女が一人立っていた。
赤みがかかった紫色の髪と、不思議な装身具を身に纏いどこか眠たげな目。
装身具にある瞳と対照的であるが、どこか遠く深い場所を見ている用に見える。

「ああ、すいません。温泉に入りに来たんですが間欠泉の場所を伺おうかと」
「単に源泉かけながしを目当てに来た割にはここがどこだか知らないようね?
 地霊殿の管理するのは旧地獄。ここは本来、死後の世界だというのに。」

いきなりの刺々しい口調にはいささか面食らってしまった。
だがここが死者の国だという割には、それらしい何かを見かけた記憶は無い。
生きながらにして死者の国に来るなんていうことは滅多にできることではない。

「『これは面白い事になった』ですって?貴方は少し地底を甘く見すぎている。
 自己紹介が遅れましたね。私はさとり。この地霊殿の主です。
 私には一切隠し事は出来ません。私には貴方の心が丸見えなのです」」

そういえば、そんな妖怪がいると知っていたような気がするし、知らなかった気もする。
とにかく心が丸見えだというのなら話が早いので、どうすればいいのかご教授願いたい。
「喋ることをサボらないでください」
冷ややかな視線があびせかけられる。
「……失礼。いや、本当に温泉目当てで来ただけなのですが」
「呆れた……よく無事に来れたものですね。『意外と何もなかった』ですって?
 貴方、自分の幸運にでも感謝したほうがいいと思いますよ。
 温泉は中庭から行ける間欠泉センターにでも行けば入れますので、そこからどうぞ」
「おや、いいのかい?」
「ここまで来て何もないというのも気の毒ですし、まだ話せる方みたいですからね。
 終ったらペットに出口まで案内させますから、そこから帰るといいですよ。来た道は危ない」
「ご親切にどうも」

そんな道を通ってきたか?と振り返るが、確かに歩いて戻るとなれば一苦労だ。
素直に申し入れを受けることにして、僕はそのまま更に地下にあるらしい間欠泉センターまで歩いていく。
こういうとき、空を飛べることがどれだけ素晴らしいのかに思いを馳せる。
とはいえ、飛びたいから飛べるようには世界は出来ていないのだけど。

「お風呂に入りたいのか空を飛びたいのか、どちらかにしてください」
「隠しても無駄らしいので素直に言うと、どちらもだ。あとは店にある謎の式がだね……」
「……はぁ」


つづく
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お守りさまは蛙様で...04
僕は今、商店街を歩いている。
もっと正確に言うならば、かつて商店街だったであろう、瓦礫の通りを。
息を吸うたびに、そのかび臭い空気が僕の肺腑を満たしてくれる。

僕は見えるはずの無い空を見上げて、少なくとも地下で雨の心配は無いかな、と思った。
別に『霧雨の剣』を持ってきているわけでもないし、連れの豆蛙も鳴いている気配は無い。
だが、そんな僕を見透かして笑うかのように、この蛙は鳴き始めたかと思うと、
たちまち面倒くさくなるような小雨が全身をしっとりと濡らしてくれる。

雨宿りに走る気力なんて起こらなかった。いや、迂闊に走ることは足場が許さない。
所々にある瓦礫により、うっかりすると足をとられて転んでしまうだろう。
僕はそうならないためにも濡れている足元を慎重に確かめながら歩かねばならなかった。
とんだ歓迎だ、と吐き捨てるように言いながら歩き続ける。
今更引き返すには進みすぎているし、あの灯りまで行けば一息もつけるだろう。
そう信じて歩き続けると、やがて無数の妖精や精霊の類が飛び交う場所までやって来た。

おつかれ、と言わんばかりにケロリロと鳴くカエルを放り投げてやろうと思ったが
雨で濡れた服に疲れた身体では一挙手一投足も満足にいかない。
それでも八つ当たり気味に前の方にカエル放り投げると、
いつの間にか立っていた人影にカエルが張り付いていた。

「ご挨拶だね。こんな雨の中で歩いてるから見に来たってのに」
「……申し訳ない。疲れた挙句、地下なのに雨に降られたものだから」
「あん?まぁ昨日から天気が悪かったから雨が降るのは当然だね。まぁ明日は晴れるさ」
「明日ハレの日、ケの昨日……か。温泉に入りに来たんですが、後悔してた所ですよ」

雨の中だというのに杯を片手に立ってる女には何の期待もしていなかったが、
カエルの一件は完全に非があるので、素直に謝罪しておいた。
酒の御業もあってか、さほど気にしていない様子なのは救いだ。

「ははぁ、間欠泉の一件かい。普通の人間だったら来ようとも思わないはずさ。
 だけどそれ目当てにやってくるのってのは、勇者なのか……愚か者か……
 はて、こんなやりとりを少し前にやった気がするね」
「? そうかい。僕はしがない商人だね。愚か者と言われると返す言葉も無い」
「正直ってのは良い事さ。気に入った!愉しませてあげるから駄目になるまでついてきなよ!」
「この状況じゃ是非も無い。雨宿りできそうな軒先でいいから教えていただきたいね」

なんだ、意外と話せる相手じゃないか。地下を目指すのが気狂いだと言われたが
中には少なからずマトモな相手もいるらしい。それが判っただけでも儲けものだ。
そう考えていると、カエルが僕の体を懸命によじ登ってきているが無視しておく。

薄暗い道を案内された先にあったのは、粗末ながらも生活が感じられる場所だった。
囲炉裏があり、家具があり、寝床があり、何より屋根と壁があった。

「どうせ今から間欠泉に向かったところで、服が濡れてちゃ台無しさ。
 地霊殿の連中も門を閉ざして出てくることも無いだろう。
 乾くまでは適当に酒でも飲んでやり過ごすに限る。身体も冷えたろう?
 丁度一人で飲んでるのも飽きてきたところさ。さぁ飲め。やれ飲め。あと、脱げ」

ゲコココ、と下世話な笑い声のごとき泣き声が頭上からする。
濡れた上着を脱いで、適当に囲炉裏のそばに広げておいた。

「……恐れ入ります。ところでお名前は」
「ん?山の四天王の一人、星熊勇儀さ。まぁ今となっちゃ地底の住人さね」
「森近霖之助と申します。普段は店を構えてるんで、す、が……」


落ち着いて向かい合うと、灯りに照らされた彼女には鋭い角飾りのようなものがある。
まるで鬼だ。というか、鬼そのものだ。なんということだ。
とはいえ逃げ出そうにも荷物を降ろしたので、今更どうにもできない。
僕はとりあえず、差し出された杯を飲み干して、ご好意に甘えることにした。
いっそ記憶がなくなってしまえば清清しいというものだ。
そんな僕を笑うかのようにさらにカエルが鳴くものだから
僕はカエルも濡れた上着の上に放り投げた。

「そういや少し前の間欠泉騒ぎだけどね――」

相手の話に相槌を打ちながら、肴もないまま酒を飲む。

外では、まだ雨の音がしていた。


つづく
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再利用
何となく深夜のリハビリがてら
森近霖之助と八雲紫……の会話に見えていることを祈らずにはいられません。


空が遠くまで抜けるような青をたたえていた。
寒さというものには残酷さすら感じることがある
だからこそ、どこか寒さそのものが美しさを持っていることもあるのかもしれない。
それは刀の刃に見る美しさにも似ている。
境界線に触れるギリギリのラインに惹かれるのか、それとも恐怖心を勘違いしているのか。
いずれにしても美しい空で、美しい空気だった。
常緑樹を覗けば木の葉は落ち葉となって地面に横たわり、健気に大地へと輪廻していく。

ある冬の日。僕はしまいこんでいた道具の手入れがてら、掃除をしていた。
まるでいつも掃除をしていると錯覚することもあるが、道具が多くてきりが無いだけだ。
結果として最初に掃除した場所は最後の掃除が終わる頃には汚れている有様。
それならば手の届く範囲で少しずつ手入れするような形で掃除するのがいいと僕は思う。
コツはサボらないこと。川の水が流れを止めれば腐るように、物事は大抵そうできている。

「……おっと、こんな小刀もあったかな。“切る”ことはできても“斬る”のには向いてなさそうだね」

道具に語りかけるのは気まぐれのようなものだ。
長い月日を過ぎた結果、ひょっとしたら付喪神になって
僕に恩返しでもしてくれるかもしれないという下心も少しばかりある。

今手に取っている小刀は、確か集落で露天に並べられていた売れ残りだったか。
モノは悪くないのだが一行に売れなくて困っているという商人から割安で買ったのだ。
もっとも買い手など付くことも無く、結果として忘れるような形でしまいこまれていたのだけど。

「あら、使う者の手によってそんなものは幾らでも変わりますよ」

部屋の片隅から聞こえてくる声に顔をあげてみれば、どことなく得体の知れない女性が薄い笑みをたたえて立っている。
八雲紫。この寒さを凌ぐために必要な燃料を、代償と引き換えに持ってきてくれる妖怪。
こういう、いつなんどき現れるか判らない存在というのは、性差なく苦手である。
まして家屋の中でそのようなことをやられては、たまったものではない。

「いらっしゃってましたか」
「ダメですよ、過去形にしては。『いらっしゃいませ』と言ってくれなくては」
「……いらっしゃいませ」
「はい、お邪魔しています」

営業スマイルなるものを作る気はさらさらない。
僕は顔を見て話すことも浮ばなかったので、目の前にある小刀の手入れに集中した。
といっても錆びないように油をひいたりするだけなので、すぐ終わってしまうのだけど。

「何か、切ってみてはいかがですが」

気がつくと隣に立たれるのは、刃物を扱ってる以上勘弁して欲しいところだ。
とはいえ、うっかり手元が狂ったところで、彼女が怪我をするとは思えない。

「そういわれましても」
「……これなどは、いかがですか?」

鞘に収めて袋に包みながらそう返すと、彼女が差し出してきたのは手紙であった。
茶封筒とでも言うべきその中には、何か硬い紙のようなものが一枚入っている。

「これは?」
「年賀状の親戚とでもいうべきでしょうか。昨年に行われた西方の祭りで使われるカードです」
「……ああ、そういう」

手入れしたばかりの小刀を使うまでもないだろうと、僕は、そのものずばりなペーパーナイフで封を切ることにした。
中には彼女の手による達筆な文字で新年を祝う言葉がかかれており、その背景には紅の衣装を着た老人が立っている絵が描いてある。

「そういうわけで、今年もよろしくお願いしますわ」
「……こちらこそ」

同じときは二度と巡ってこないが、変わらないこともあるのだろう。
こういう習慣は幻想郷からも消えていなければいいと、僕は何となく思った。

お守りさまは蛙様で...03

「酷いことするじゃないの」
「そんなことを言われてもな……」

箱入り娘を字面通りにするとこうなる。

というのが、僕から彼女へ対しての、最初の印象だった。
引き上げた彼女はキスメというらしい。
釣瓶落としの一種だそうだが、だからどうした、ということも無かった。
白い服が濡れているという状況は何とも風情のあるものだが単純に寒そうだ。

「と、言うことは……ここは巨大な井戸なのか?」
「え?なに、わけわからない事いってんの?」

体勢を立て直した彼女は、一定のリズムで桶を揺らしながらそう言った。
つるべがあるのは井戸だろうに、と言う言葉を飲み込んで手で話を止める。
川から引き上げられて早々に桶に身体を隠している神経は理解できないが
釣瓶落としということは、閉所恐怖症ならぬ閉所依存症なのかもしれない。

「源泉を探しに来たんだ……温泉が湧いているところなんだけど」
「……しらない。」
「そうかい。なら別に構わないんだ。お達者で」
「あ……」

僕は彼女が大丈夫そうだと判断して、その場を立ち去ることにする。
変に係わり合いを持つと後々で面倒なことになるのは世の常だ。
繰り返すがあくまで温泉を求めてきているのであって、それ以外の何を求めているわけではない。
ちょっとした探検ではあるが、大それた出来事なんていうのは
物語の主人公か冒険家にでも任せるべきであって、僕の専門外だ。

風変わりな出来事から半刻も地下に向かって歩いた頃、
僕は自分の想像していた以上に地下という空間が広い事を思い知った。
地下に向かっていく深い穴が延々と続き、歩いて降りていくのは一苦労。
何度か帰ろうかと一人でぼやけば、カエルが鳴いてくれるのがわずかな救いだった。

「やれやれ、ここは地下何階に相当するんだろうね」

黙々と地下を歩きながら、答える者を求めるわけでもないのに声を発する。
まるで死者の国に向かっているような気持ちに、僕は耐えかねたのかもしれない。
黄泉平坂を下りて根の国に至る。そこに待つのは温泉ではなくて黄泉だ。
魂の洗濯をしたついでに転生させられてはたまったものではない。

「ここは地下666階。逆さ摩天楼の果てまでようこそ」

声が聞こえた。幻聴にしてははっきりと響いているし、何より人の姿が見える。
足も2本見えるので悪霊の類ではなさそうだ。緑色の瞳が少し気がかりだが。

「そうなのかい?摩天楼ということは何者かの手が入っているということだ。
 そして地下666階ということは、どこかに階数表示があるんだね?
 ああよかった。実を言えば間欠泉が湧いたということは温泉があると踏んで」
「あー、ちょっと待ちなさい」

さっき自分がやったことを、今度は別の妖怪にやられてしまった。
目の前の人の姿は形を成して、何やら頭が痛そうな様子だ。

「今のは例えよ。その口ぶりだと旧都を目指してるのね。気狂いなの?」

何やらうんざりした様子の彼女を見ると、さすがに何かしくじった事に気づく。
気にするな、と言いたげにカエルが鳴いたが慰めになるわけでもない。

「ほとんど――いや、まったく事情を知らなくてね。温泉に入れればそれでいいんだが」
「そうなの。楽しそうに歩いているなら始末してやろうと思ったけど、そうでもなさそう。
 ……ま、一人くらいは勝手に通しちゃっても文句は出まい」

何か思いあぐねているようだったが、いくらか間があって通行許可が出た。
理不尽な話だと感じたが、目の前の女性の話しぶりからすると都市があるらしい。
旧都、ということはどこかに新都が出来て、今は必要な機能を移してしまったのだろう。

「ついでに温泉の場所を教えてくれるとありがたいんですが」
「行けば判るんじゃない?」
「……ご親切にどうも」

トラブルにならなかっただけ良しとして、僕はまた地下を歩き続ける。
旧都、という響きに、僕は死臭のようなものを嗅ぎ取った。
よほどのことが無い限り、そこが新たな都にはならない。
省みられるのは、いつだって事が終わった後か必要に応じてのみだ。
人も、道具も、歴史も、そういうものなのかもしれない。

そしてとうとう、明らかに人工物のある場所に出た。

「ここが旧都、か……」

旧都というよりは、廃都と言う方が相応しいような場所だ。
だが遠くには明かりが見える。今は、それだけで十分だった。
ケロケロとカエルも跳ねて喜んでいるようだ。

僕はカエルに水を少しかけてやると、また肩に乗せて灯りを目指すことにした。


つづく
お守りさまは蛙様で...02
僕の身体は宙を舞った。

別に意図して空を飛んでいるわけではないし、巫女のような能力は無い。
しがない道具屋である僕がそんな状態を維持するための条件は簡単だ。
ほんの少しの迂闊さをもって、崖っぷちで足を滑らせればいい。

といっても空を飛んでいるのはわずかな時間で、やがて僕は地面に落ちる。
このまま腰をしたたかに打ち付けて動けなくなることを覚悟していたが、
意外なことに次の瞬間、僕は水中の中にいた。
ドスン、ではなくてザブン。温泉に入る前の水浴びとは恐れ入る。
地下水はひんやりと冷たく、夏ではないことが少し悔やまれた。

僕は持ってきた道具を落とさないように気をつけながら泳いで岸を探した。
暗闇の中で岸を探すのは並大抵の苦労では無かったが、流されるうちに
何とかそれらしき場所に辿り着くことができる。

岸で手持ちの道具に欠けが無いかを手探りで探しながら、ふと自問する。
「ここは、こんなに広い空間だっただろうか」
答える者はいないが、自分の知る知識においては、これほど広大ではなかった
……と、思う。確証は持っていないが、この広さはいささか不自然だ。

封印が施されていた形跡も無い。本当に封じる気があるなら、存在すらも
隠匿しきるような妖怪に心当たりがあるのだが、止める気配も無かった。
それほど『彼女』が暇ではないだけなのかもしれないが。

さて、ここからずっと岸を歩いていけば地獄にでもいけるのだろうか?
灯りを点すのにうってつけな道具を持ってきたので、それを取り出してみる。
ヒカリゴケの一種で、これは知り合いの魔法使いが作った改良種だ。
彼女に言わせればカビもキノコもコケも親戚らしいが、とても同じには見えな

い。
だが暗闇の中では実にありがたい光となって道を照らしてくれる。
濡れたからといって別に光源としての機能が損なわれた様子は無かった。

どちらに向かったものかと思案すると、懐から蛙が飛び出した。
そういえば連れてきていたな、と今更ながらに思い出す。
「ああ、すっかり忘れてたよ。無事なようで何よりだ」
本心はどうでも良かったので棒読みの台詞のように呟いた。
抗議してるのか、ちいさく何度も跳ねてケロケロ鳴いている。
「そんな事を言われても、僕にはわからないな」
逃げるときは逃げるだろうと肩に乗せて歩くことにした。

しばらく歩くと、なにやらチラチラと光るものが見えた。
次に空を切る音。そして頭部に向かって何か飛んでくる……
ので、当然のように避ける。わざわざ当たる道理は無い。

「きゃあ!」

回避した結果、彼女を支配する物理法則に基づいて運動エネルギーを遺憾なく発揮。
そのまま岸辺を転がり水に落ちて、桶に入った少女は緩やかに流されていく。
かわいらしい悲鳴がキンキンと洞窟の中に響く。これが地底。恐ろしい場所だ。
何か溺れているが知ったことではない。どのような事情があったのかは知らないが
僕はあくまでも温泉に入りにきたのである。

「た、たすけ……ぶくぶく」

彼女は自然法則に従い、そのまま川に沈みそうだ。桶を捨てて逃げればいいだろうに。
ケロ、と蛙が鳴いた。本当にそれでいいの?と言いたげに。どうでもいいと言えば嘘だが
どう前向きに考えたところで、助けた直後に襲い掛かられる可能性は拭い去れない。
……などと悩んでいると彼女がいよいよ沈んでいったので、どうせ濡れているのだと諦め
再び水に濡れて助けることにした。泳ごうと思ったが、自分の胸くらいの深さしかない。
歩けば十分だった。

地下に来てから既に災難続きである。


つづく


プロフィール

ぽんこつたぬき

Author:ぽんこつたぬき
春が来たら冬眠から覚める獣。
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